性同一性障害に関する
診断と治療のガイドライン
(第2版)
  
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性同一性障害に関する
診断と治療のガイドライン
(第2版)

日本精神神経学会
「性同一性障害に関する第二次特別委員会」

目 次
   I.はじめに
   II.ガイドライン改訂の経緯
   III.診断と治療のガイドライン
      1.診断のガイドラインと治療のガイドラインの位置付け
      2.医療チーム
      3.診断のガイドライン
          (1)性別違和の程度および内容にについての聴取
          (2)身体的性別の判定
          (3)除外診断
          (4)診断の確定
      4.治療のガイドライン
          (1)第1段階の治療
          (2)第2段階の治療
              1)ホルモン療法
              2)FTMに対する乳房切除
          (3)第3段階の治療
   IV.おわりに

平成14年3月16日
日本精神神経学会
 理事長  佐藤光源殿
「性同一性障害に関する第二次特別委員会」
委員長  中島豊爾               
  
性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第2版)

 日本精神神経学会「性同一性障害に関する第二次特別委員会」は、これまで通算9回に渡り、性同一性障害に関する診断と治療のガイドラインの改訂作業を行って参りましたが、結果がまとまりましたので、ここにご報告申し上げます。


I.はじめに

日本精神神経学会「性同一性障害に関する特別委員会」は、平成9年5月28日付「性同一性障害に関する答申と提言」の中で、性同一性障害の診断と治療のガイドライン(以下、初版ガイドライン)を提示した。初版ガイドラインは既にその記述の中で、治療状況が進むにつれて内容が実情に沿わなくなる可能性を予測し、治療に関わる者が治療経験を積んで行くに伴い、ガイドラインそのものをよりよい内容に改訂していく必要性のあることを説いていた。
 さらに、性同一性障害の治療の目標は、社会の求める典型的な男女の性役割や身体的特徴を本人にも求めるというものではなく、本人の中で確立されたジェンダー・アイデンティティのあり方を尊重し、最も良好な適応条件がどのようなものであるかを、個別に探ることであるとの認識も強くなってきた。すなわち、治療に際してジェンダー・アイデンティティについて注目すべきことは、単に男女どちらの性別に属するかという二分化された性の捉え方ではなく、その一貫性と持続性にある。個々にそのあり方が異なる以上、個々のジェンダー・アイデンティティのあり方を尊重した治療が求められるという流れになってきた。
 このようにジェンダー・アイデンティティに関する理解の変化がある一方、初版ガイドラインから4年以上を経て、当事者側も治療者側も様々な事態を経験し、ガイドラインの改訂が急務であることを認識するようになった。そこで当委員会は、性同一性障害の診断と治療に関して、ガイドラインをより判りやすく、より実りあるものとするための改訂作業にあたってきた。ここに改訂第2版ガイドラインを提示したい。


II.ガイドライン改訂の経緯

 初版ガイドライン策定の経緯は、既に明らかにされているところである。初版ガイドライン策定当時の背景には、「性同一性障害に関する特別委員会」の委員らが自験した症例数が非常に少なかったことに加え、海外での手術療法の黎明期において、術後の自殺例などが報告されていたことがあった。これらのことに鑑み、国内において性別適合手術(sex reassignment surgery,以下SRSと記述)を正当な医療として位置付け、社会のコンセンサスを得るために、治療者の臨床経験が浅い初期の段階においては、その効果について疑問をはさむ余地のない結果を得ることが必要不可欠であると考え、慎重を期することにした。すなわち、治療者が治療経験を積んで、診断治療に関する知識や技術が向上するまで、治療者の判断に誤りの生じないよう、診断と治療の基準を設けた。また、母体保護法第28条および「ブルーボーイ事件」の東京地方裁判所判決に示された条件との整合性を維持する必要があり、厳密な基準に則った治療を進めることが治療の正当性を与えることになると考えた。主にこれらの理由から、初版ガイドラインは当事者側から見ると厳しいものとなった。
 このようにして策定された初版ガイドラインに則り、埼玉医科大学や岡山大学においては既に10例前後のSRSが行われている。この経緯はマスコミにも取り上げられ、社会的にはおおむね受け容れられ、治療としてのコンセンサスが得られたものと解される。

 性同一性障害に関する第二次特別委員会の各委員が経験した性同一性障害の症例数は、これまで延べ約1000例(重複あり)に達し、その治療経験を検討した結果、現時点における治療状況として、以下の事が判明した。

歴史上、文献上の結果を加えて検討してみても、ジェンダー・アイデンティティを身体的性別に合致させることのできる治療は知られておらず、実際の治療経験においても合致させることは、できていない。
自らのジェンダー・アイデンティティの変更を希望するケースはほとんどない。まして性同一性障害における精神科領域の治療において、最初から本人の希望しない結果を治療目標としても、治療として成立しない。
したがって精神的サポートをしながら、必要に応じて、ホルモン療法や手術療法などによって身体的特徴をジェンダー・アイデンティティに合致させる方法を検討していくことが、現段階における最良の治療であると考えられる。

  この結果から、本人の希望しないジェンダー・アイデンティティの変更を求める治療は非倫理的かつ非現実的であること、本人の中で一貫しているジェンダー・アイデンティティに身体的特徴を(本人が希望する範囲内において)合致させていくことが、治療目標をはるかに達成しやすいことが確認された。

 したがって、本改訂第2版ガイドラインにおいては初版ガイドラインと同様に、基本的には、本人の社会的心理的により適応し易い条件を整えることを治療目標とした。この治療目標を達成するために、精神的サポートを最重要課題とすること、身体的特徴を本人のジェンダー・アイデンティティのあり方に合致させていく治療を選択肢とすること、その治療を希望する者に対して、それを実現するための条件を提示することなどをその骨子とした。

 一方、現実に診断治療を行う上で、以下のような事例が少なからず認められ、医療関係者が苦慮する事態も起こっている。






初診時、既にホルモン剤の使用を開始している例
初診時、既に乳房切除術または精巣摘出術を受けている例
第1段階の治療途中に、自己判断でホルモン投与を開始した例
第1段階または第2段階の治療途中に、自己判断で乳房切除術を受けた例

 これらは、初版ガイドラインに定められた手順に沿っていない例であるが、それらのケースを詳細に検討すると、次のようなことがその理由の一端として浮かび上がってきた。

ガイドラインに沿った診断治療を提供する医療機関の数が十分でないこと、あるいは周知されていないことから、治療を求める当事者の地埋的・時間的制約に対応できないこと。
ガイドラインの存在そのもの、あるいはその意義が、全ての当事者には知られていないこと。
ガイドラインに沿った治療を提供する機関以外に、治療を受ける手段が存在すること。加えて、これらの手段は本人の求めに応じて提供されるものが多く、リスクが大きい反面。利用する側にとっては利便性が高いこと(たとえば個人輸入でホルモンが入手できること、乳房切除は美容外科の一部としても一般的に行われていこと、ガイドラインと無関係にホルモン剤の投与や性器手術を行う医師がいることなど)。
ガイドラインが作成される以前から、前述のような手段により自己判断で治療を受けていた者があること。

 また、ガイドラインに沿った治療を希望して開始しており、規定通りの期間など条件を満たし次の段階の治療への移行が適当と判断されるケースであっても、医療側の体制における理由から意見書作成や審議が遅れ、いつになったら次の段階に移行できるかわからないなどの不安や不満から、当事者本人がガイドラインを逸脱してしまう事例もある。

 一方、初版ガイドラインの内容や運用について、以下の問題点が当事者の自助グループによるアンケート調査結果などにおいて指摘されている。
第2段階への移行にあたって求められる「希望する性での生活」については、治療者間で解釈に差があり、特に第2段階でのホルモン療法などによる外見の変化が得られない状態で、日常的に「希望する性での生活」を行うことは事実上困難であり、かえって周囲の蔑視などを受け、人権を侵害される原因となりかねないこと。 LI>身体的に女性であるものが男性の身体特徴を求める(FTM,後述)場合、乳房切除が第3段階に置かれているため、ホルモン療法において髭が生え体毛が濃くなり、声が太くなっても、乳房が目立つといった外見を余儀無くされ、極めて矛盾した状態に長くとどめられ不合理であること。
手術療法を前提として各段階の治療が記述されているように感じられ、手術を求めない者にはガイドラインに従う必然性が感じられなかったこと。一方で、そのような理由などから自己判断でホルモン療法を開始している者が、後で手術を希望するようになり、ガイドラインに沿った治療を求めるようになった場合、どのような手順を踏めばよいのかがわかりづらいこと。
ガイドライン策定以前から、性同一性障害の症状を自覚して個々に対処することを余儀なくされてきた当事者にとっては、すでに適応を模索し、それぞれの対応を実践しつつあった時期にガイドラインができたこと。また、そのような当事者への移行措置が明確には示されていなかったこと。

 さらに、治療者側も治療経験を積む中で、性同一性障害の多様なあり方に対し、一律に初版ガイドラインを適用することが、かえって当事者に苦痛を与えるといった矛盾した事例を経験するに至った。
 一方で、治療を求める者に、よりリスクの少ない高い水準の医療を提供していくためにガイドラインの果すべき役割は極めて大きく、そのためにも治療者と治療を受ける者の双方から高く信頼される内容とする必要があったと考えられる。
 このような事態に鑑み、性同一性障害に関する第二次特別委員会は、初版ガイドラインにおいて曖昧な点や実情に合わない点を洗い出し、より現実的で合理的なものとすることが急務であることを強く認識し、これらの目的を果たすために作業にあたってきた。折りしもHBIGDA(The Harry Benjamin International Gender Dysphoria Association,Inc.)の Standerd of care も第6版へと改訂され、その内容には参考にすべき点が多く認められたため、わが国の治療の現実にも即したものであれば積極的に取り入れた。

 改訂第2版ガイドラインは以上述べた経緯により策定された。その内容を次に示す。


III.診断と治療のガイドライン

1.診断のガイドラインと治療のガイドラインの位置付け
 人としての尊厳を守り、その一環としてより高いQOLを求めることは、基本的人権のひとつである。基本的人権を守り、更なる幸福の追求の手段を提供するために、医療が可能な範囲で貢献しようとするのは当然である。性同一性障害を有するために基本的人権を阻害されている人々があれば、その状況を少しでも改善し、どのようなことが本人のQOLを高めることになるかを個々に検討し、より人間らしい生活をするための条件を整えることに力を注がなければならない。性同一性障害を有する人たちに対して、医療人としての良心と願いに基づく理想を実現するための医療上の指針がこのガイドラインである。

 性同一性障害は極めて多様であり、その間題のあり方や解決の仕方も千差万別である。最終的にSRSを受けることを目指し、種々の矛盾を感じながらも従順にガイドラインの規定を守って治療を受けていく者。身体的性別の特徴を希望する性別のものに変えたいと願いながらも、それまでの社会適応を優先し、ジェンダー・アイデンティティとの矛盾に耐えるべく精神的サポートを受け続ける者。ホルモン療法や乳房切除だけを望み、性器に関する手術を希望しない当事者もいる。逆にホルモン療法はせずに性器に関する手術のみを希望する者もいる。さらに、最初ホルモン療法や乳房切除のみで満足できるかと考え、初版ガイドラインとは無関係な治療を受けてきた当事者の中にも、やはりSRSを受けたいと途中からガイドラインに沿った治療を希望するに至る者もある。しかしながら、ガイドラインに沿った治療を受けてこなかったという理由や、ガイドラインが想定していない形での社会的適応を希望しているという理由で、本来であれば当然行われるべき治療が受けられない、あるいは希望しない治療を受けることを余儀なくされるという事態も起こりうる。それは、初版ガイドラインが性同一性障害の多様性を認識していながらも、具体的に対応できるだけの経験と方法論を持っていなかったことに原因がある。今回の改訂では、このような多様性に対応できることを目指した。
 一方、ホルモン療法の適応であるか否かの検討も行わず、本人の言うがままにホルモン投与を行いながら、何ら副作用のチェックも実施せず、治療に関する報告にも応じない医療機関があったり、手術適応を的確に判断すべき指針としてのガイドラインの存在をことさらに無視し、アンダーグラウンドで性器に関する手術を行う医療機関がある。これらの医療機関に対して、医療行為全体の信頼性を揺るがすものとして、われわれは危慎を抱かざるを得ない。今回のガイドライン改訂はこのような事態に対して、より質の高い医療を提供する指針としての役割を果たすことも視野に入れている。

 さらに、性同一性障害に関する診断のガイドラインと治療のガイドラインは、母体保護法第28条「何人も、この法律の規定による場合の外、故なく、生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行なってはならない。 」との規定に対し、SRSを正当な医療として位置付けるための指針を示す側面もある。これが特に医療行為としての制限を規定している条項であることに注目すれば、もっぱら医療関係者に対する規定であって、当事者の治療意思を縛るものではない。
 しかし、ガイドラインがわれわれ治療者の守るべき指針を示したものであるとはいえ、当事者側にも治療者の意図にそって指示を守ることを前提としなければ、治療者が責任を担う信頼ある治療契約が成立しない。したがって、当事者にガイドラインに沿った治療を行うことの意義が充分に理解されるよう、治療者は最善の努力を払わなければならない。また同時に、当事者による行動が治療契約に破綻を来たす場合、治療者は責任ある治療を提供することができなくなり、治療そのものを中止せざるを得ない場合があることを、治療開始に際して明確に伝えておくべきであろう。

 医療者は、ガイドラインをあくまでも基本的な考え方を示す指針として、ケースによって柔軟に適用の仕方を検討し、個々の治療の目的と目標をその経過によって再検討しなおすという作業を最優先して行うべきである。

2.医療チーム
性同一性障害を有する者に対する種々の検討は、専門を異にするメンバーが医療チームを作って行う。

[1] 第1段階の治療に携わる者は、性同一性障害の診断・治療に理解と関心を有する精神科医、外科医(形成外科医)、泌尿器科医、産婦人科医などの他に、必要に応じて内分泌専門医、小児科医などによって構成されることが望ましい。
[2] 性同一性障害は社会生活のあらゆる側面に深く関わる問題であることから、医療チームには、上記各科医師の他に、心理関係の専門家、ソーシャルワーカーなどの参加が望ましい。
[3] 医療チームのメンバーは個々のケースにつき、医学的判断とともに、本人が抱える問題を把握し、きめ細かに援助、対応することが求められる。
[4] 医療チームは複数の医療機関で構成することもできる(たとえば開業医が医療チームを結成することもできる)。ただし、その場合には、中核となる施設あるいは第3者機関などに倫理委員会あるいはそれに代わる組織を設ける(あるいは依頼する)。

3.診断のガイドライン
 次のような方法により、精神村医が性同一性障害についての診断を行う。性同一性障害の診断に関しては、ICD−10またはDSM−IVなど、性同一性障害の診断に関して国際的に使用されている診断基準を参考とする。なお、性同一性障害の診断・治療に関して十分な理解と関心を有する精神科医が診断に当たることが望ましい。診断は2人の精神科医が一致して性同一性障害と診断することで確定する。2人の精神科医の意見が一致しないときは、経験豊富な精神科医の診察結果を受け,改めて協議する。

 (1)性別違和の軽度および内容についての聴取
1) 詳細な養育歴・生活史・性行動の経歴について聴取する。
 日常生活の状況、たとえば、服装・言動・人間関係・職業の経歴などを詳細に聴取し、現在のジェンダー・アイデンティティのありよう、性役割の状況などを明らかにする。これらについて、生活史を本人自ら書き綴ったものを資料とすることも考慮されてよい。また必要に応じ本人の同意を得た範囲内で、家族あるいは本人と親しい関係にある人たちから、症状の経過・生活態度・人格に関わる情報・家族関係ならびにその環境などに関する情報を得たうえで、ジェンダー・アイデンティティについて多面的な検討を行う。ただし、これらの人たちと本人との関係に重大な支障を及ぼさないよう、細心の注意が必要である。
2) DSM-IVやICD-10を参考とするが、聴取する内容において、主に、以下のことに注目する。
[1] 自らの性別に対する不快感・嫌悪感
自分の第1次ならびに第2次性微から解放されたいと考える
自分が間違った性別に生まれたと確信している
[2] 反対の性別に対する強く持続的な同一感
反対の性別になりたいと強く望み、反対の性別として通用する服装や言動をする
[3] 反対の性役割を求める
日常生活の中でも反対の性別として行動したり、しぐさや身のこなし・言葉づかいなどにも反対の性役割を望み、反映させる。
3) 診察は、診断に必要と思われる詳細な情報が得られるまで行う。

 (2)身体的性別の判定
 性同一性障害の診断に関する国際的基準においては、性染色体異常や半陰陽などの状態は除外診断に含められている(注:たとえばDSM-Wで半陰陽状態で性別に関する不快感を伴っているものを特定不能の性同一性障害に分類している)。本改訂第2版ガイドラインにおいては、性染色体異常や半陰陽などの状態が認められる場合でも、診断ならびに除外診断に掲げた条件に適合する場合には、これらを広く性同一性障害の一部として認め、本人が性同一性障害に準じた治療を望む場合には、治療から排除するものではない。しかしながら、その後の治療方針を決定する上で、身体的性別の判定ならびに性染色体異常や半陰陽の有無の確認は必要であり、このため以下の手続きを行う。
[1] 精神科医は、泌尿器科医または婦人科医により実施された、染色体の検査・ホルモン検査・内性器ならびに外性器の検査・その他必要に応じた生殖腺検査などの結果を確認する(可能であれば文書として入手する) 。本人の同意があれば、精神科医が染色体検査をすることは妨げない。
[2] 上記検査結果に基づき、性染色体異常・半陰陽状態など、身体的性別に連する異常の有無を確認する。

 (3)除外診断
[1] 精神分裂病などの精神障害によって、本来のジェンダー・アイデンティティを否認したり、SRSを求めたりするものではないこと。
[2] 文化的社会的理由による性役割の忌避や、もっぱら職業的利得を得るために反対の性別を求めるものではないこと。なお、このことは特定の職業を排除する意図をもつものではない。

 (4)診断の確定
 以上の点を総合し、身体的性別とジェンダー・アイデンティティが一致しないことが明らかであれば、これを性同一性障害と診断する。なお、ここでは身体的性別を基準とし、身体的性別が男性である場合をMTF(注;Male to Female:男性から女性へ)、身体的性別が女性である場合をFTM(注:Female to Male :女性から男性へ)と表記する。
 性同一性障害の診療および身体的性別の判定が確定する以前であっても、本人が希望する場合には、次に述べる第1段階の治療が開始されても良い。本人が第2段階の治療へ進むことを希望する場合には、医療チームにおける検討を行うまでに身体的性別の判定を行い、診断の確定を行う。
 なお、2人の精神科医の診断の一致を求めていることについては、性同一性障害の治療に関して、ホルモン療法や手術療法など不可逆的治療の前渡として、診断の確度を高める目的がある。したがって、本ガイドラインに沿った不可逆的治療を前提とするのでなければ、必ずしも2人の精神科医の一致した診断が必要不可欠というものでもなく、個々の必要に応じて判断すべきであろう。

4.治療のガイドライン
 治療は、第1段階、第2段階、第3段階という手順を踏むことを原則とする。しかし、それぞれの段階の治療は、必ずしも次の段階の治療へ進むことを前提としたものではない。すなわち第1段階の治療はホルモン療法や乳房切除を望まない者に対しても行われうる。また、第1段階または第2段階の治療は性器に関する手術を望まない者に対しても行われうる。第1段階の治療あるいは第2段階の治療にとどまるか否かは、治療者との検討を重ねて本人が選択する。しかし、次の段階に進むことを希望する場合には、以下の手順に従う。
 (1)第1段階の治療(精神的サポートと新しい生活スタイルの検討)
1) 第1段階の治療に携わる者
 第1段階の治療に携わる者は、性同一性障害の診断・治療に理解と関心を有する精神科医・心理関係の専門家が中心となる(但しここでいう心理関係の専門家は、大学または大学院において心理関連領域を専攻した者、あるいは医療チームにおいて性の治療に関して同等以上の経験と力量を持つと認められた者とする) 。
2) 第1段階の治療として次のことを行う。
 精神科医による性同一性障害の診断が確定する前であっても、ジェンダー・アイデンティティに関連する問題があると考えられ、本人自らが治療を希望する者に対しては、以下の治療を開始する。
[1] これまでの生活史の中で、性同一性障害のために受けてきた精神的・社会的・身体的苦痛について、治療者は十分な時間をかけ、受容的・支持的に傾聴する。
[2] 現時点で、どのような生活が自分にとってふさわしいのかを検討させる。既にどれだけ実現できているか、現状で更に実現できることがあるかなどを詳細に検索させ、実現向けての準備や条件作りを行わせる。その間必要に応じて面接を行い、希望する生活が揺るぎなく継続できるか、生活場面でどのような性質の困難があるかを探る。
 ホルモン療法を希望する者に対しては、ホルモン療法に移行した際の種々の変化を予測し、その変化に対応できる状況が得られるか、その生括を、現実にできる範囲で行わせてみる。このような生活は必ずしも生活の全般において行う必要はなく、パートタイムのもの(たとえば、就業時間外や休日の外出時など限定された局面において行うもの)であってもよい。
[3] 家族や職場へのカミングアウトを行っていった方が適応しやすい状況ができるのかなどを検討し、その方法やタイミングについての示唆を与える。あるいは必要に応じて、家族面接で理解と協力を求めたり、職場・産業医等との連携をとるなどの方法を検討すべきであろう。また大学生等の場合は、健康管理センターやカウンセラー・学生部・教務等との連携をとる方がよいかどうかも含め、本人とともに検討する。
[4] うつ病などの精神科的合併症がある場合には、合併症の治療を優先し、適応力を生活上支障のないレベルに回復させる。すなわち、性同一性障害としての積極的治療に耐えられるレベルを達成できるようになるまで、性同一性障害としての治療を一時保留することも検討すべきである。
[5] 上記@〜Cの条件を満たすことを確認するまでの期間行う。
3) 第2段階への移行に関する検討
 第1段階の治療を上記に定めるように継続した後、本人がホルモン療法や乳房切除、性器に関する手術のいずれか1つないし複数を希望する場合は、次の手続にしたがって、第2段階への移行に関する条件を満たすか否かを判断する。条件が満たされる場合に第2段階への移行を行う。
[1] 身体的性別を判定する検査結果の確認(前述)
[2] 精神科医2名による性同一性障害の診断の確定
 1人目の精神科医は、性同一性障害の診断に関する意見書を作成して、2人目の精神科医に紹介する。1人目の精神科医は第1段階の治療を同時に行った場合、それが終了した時点で2人目の精神科医に紹介する。2人目の精神科医は診断に関する意見書を、1人目の精神科医の診断に関する意見書(コピーでも可)を添えて医療チームに送付する。2人目の精神科医は、 1人目の療神科医の診断の内容について異存がない場合は、その旨を示す書面でよい。2人の精神科医の意見が一致しないときはより経験豊富な3人目の精神科医の意見を求めて協議する。
 身体的性別に関する判定については、第2段階の移行に関する検討が行われるまでに実施し、書面(コピーでも可))で医療チームに提出する。
[3] 第2段階への移行に関する2つめ意見書
 第1段階の精神科領域の治療を担当した治療者を含む2名の意見書担当者が、以下に示す基準をもとに第2段階への移行に関する可否を検討し、第2段階への移行に関する意見書を医療チームに対して堤出する。この際、2人目の意見書担当者は1人目の意見と同様の意見であれば、その旨を示す内容でよい。医療チームは、2通の意見書をもとに総合的な検討を行い、第2段階への移行への可否を最終的に判断する。
 なお、診断と第1段階の治療を同時に行った場合、診断と治療に関する意見書を1通にまとめることも可能である。
4) 第2段階への移行に関する意見書作成に携わる者
 第1段階の治療に携わる精神科医あるいは心理関係の専門家が行う。第2段階への移行に関する意見書担当者2名のうち少なくとも1名は、精神科医(原則として診断に関わった精神科医)でなければならない。2名の意見書担当者のうち1名は心理関係の専門家が代行することもできる。
 また、2人の意見書担当者のうち1人は医療チームに属していることが望ましい。 2人の意見書担当者のいずれも医療チームに属していない場合は、医療チームに属する精神科医が2通の意見書の内容を検討し、必要な場合には改めて診察を行い、診断ならびに第2段階への移行に関しての意見書の内容を確認し医療チームの検討に供する。
5) 第2段階への移行に関する基準
 次の条件を満たすとき、次の段階の治療へと移行する。
[1] 1段階の治療においても、身体的性別とジェンダー・アイデンティティの間の矛盾に対する苦悩が続いていること。
[2] 新しい生活スタイルについての必要充分な現実検討ができていること。すなわち、身体的性別とジェンダー・アイデンティティ間の矛盾は存在しながらも、本人なりに今後の新しい生活スタイルの確立に向かい、それについてある程度適合感を有していること。
 たとえば、移行しようとする性別で社会的に認知されたいという本人の希望が実際的に試みられることにより、ホルモン投与あるいは乳房切除による身体的変化に順応できるだけの準備ができていること、逆に移行しようとする試みの中で、周囲の好奇の目に曝されることへの耐性もある程度身に付けていることなどが挙げられる。さらに職業に関する態度の決定に関して、現在の仕事が継続できる条件を整えているか、一旦職を辞して新しい職に裁くとしても、具体的方針が立って見通しがついていること。学生の場合には学校側と授業や実習に関しての調整がなされているか、特に調整を要さない科目のみ履修で済むように科目選択が可能であることなども考慮すべき点である。
[3] ホルモン療法を希望する複合、ホルモン投与による身体的変化や副作用についての予備知識があること。
[4] 身体的変化に対する準備が十分にできていること。たとえば必要な範囲に対するカミングアウトやサポートシステムの獲得。但し、カミングアウトによって生じる家族関係などに関するリスクを判断して対処する準備ができていることも必要である。誰にもカミングアウトしないで適応を図ろうとする者に関しては、サポートシステムが得られない分、自らを支え種々の不安や苦痛に耐えて対処するだけの能力を持っていることが必要となる。
[5] 種々の葛藤や不安に対する耐性が獲得されていて、行動化(自傷行為や薬物依存、自殺企図など)や操作(「死ぬ」などの脅しによって周囲を思い通りに動かそうとするなど)をしないこと。
[6] 予期しない状況に対しても現実的に対処できるだけの現実検討力を持ち合わせているか、精神科医や心理関係の専門家等に相談して解決を見出すなどの治療関係が得られていること。
 (2)第2段階の治療(ホルモン療法及び乳房切除と新しい生活スタイルの確立)
 第2段階の治療は、精神科額域の治療の継続に併せて、MTFの場合はホルモン療法、FTMの場合はホルモン療法と乳房切除のいずれか一方または双方を選択可能とする。また例外的に、精神科領域の治療のみを選択することも可能とする。
1) ホルモン療法
(i) ホルモン療法に携わる者
 ホルモン療法は、医療チームの一員であるか医療チームから依頼を受けた医師であり、かつ内分泌学、泌尿器科学、産婦人科学を専門とする医師によって行われるべきである。ただし、地域性などの条件を考慮して、近医や非専門医でホルモン投与がおこなわれる場合でも、定期的な専門医の診察が行われるよう配慮するべきである。
(ii) 第2段階のホルモン療法を始めるにあたって、次のことを満たすこと
[1] 第2段階に移行するための条件〔上記4. −(1) -5) 〕を満たしていること。
[2] 十分な問診、身体診察と必要な検査を行い、ホルモン療怯を行うことが健康の維持に明らかな悪影響を及ぼす疾患が否定されていること。たとえば血栓症や重症肝機能障害が否定されていること。
[3] ホルモン療法の方法、効果と限界、起こり得る副作用について改めて十分な説明を行い、理解していることを確認した上、文書で同意を得ること。
[4] 家族、パートナーにも必要に応じ、ホルモン療法の効果と限界、起こりうる副作用について十分なる説明を行うこと。
[5] 年齢は18歳以上であること。ただし18歳以上であっても未成年者については親権者の同意を必要とする(親権者が2名の場合は2名の同意)。 この点は、初版ガイドラインでは20歳以上としていたが、高校卒業、進学・就職など日本の社会的事情を考慮すると18歳でホルモン療法を開始することが、社会的適合をより容易にすると考えられる。生物学的にも安定してジェンダーの揺らぎが起きにくくなることや社会的にも婚姻が許される年齢であることなども考慮している。 さらに、2001年の日本性科学会での阿部の発表によれば、性同一性障害399例の治療経験から、治療開始後に転性願望を諦念したケースは1例も認められなかったということも、ホルモン療法の年齢引き下げの根拠となっている。
(iii) ホルモン療法について
[1] MTFの場合、エストロゲン製剤やゲスタゲン製剤の投与を行う一方、 FTMでは、アンドロゲン製剤の投与をおこなう。投与量は血中ホルモンなどにより、その効果を評価しながら適量を決定すべきであり、過量投与は副作用の危険を増大させるだけである。
[2] ホルモン療法により期待される効果は、性ホルモンとしての直接的な効果と視床下部下垂体系抑制による性腺刺激ホルモン分泌の低下を介した効果がある。全身的な効果は以下の通りである。 MTFに対するエストロゲン投与では、乳腺組織の増大、脂肪の沈着、体毛の変化、不可逆的な精巣の萎縮と造精機能喪失などが起こりうる。一方、 FTMに対するアンドロゲン投与では、月経の停止、体重増加、脂肪の減少、にきび、声の変化、クリトリスの肥大、体毛の増加と禿頭などが起こりうる。この中には不可逆的な変化もあり得る。
[3] ホルモン療法に伴って、血栓症など致死的な副作用が発生する可飴性がある。また、狭心症など心血管イベント、肝機能障害、胆石、肝腫瘍、下垂体腫瘍などの可能性がある。したがってホルモン療法の際には常に副作用に注意し、開始前のみでなく、開始後も定期的な検査をおこなう。特にエストロゲン製剤の投与に際しては、肝機能などの一般臨床検査に加えて、血液凝固能の亢進、血中プロラクチンの上昇などに注意する必要かある。
[4] ホルモン療法は、原則的には他の内科疾患や心血管系合併症などをともなわない場合に行うべきである。特に糖尿病、高血圧、血液凝固異常、 内分泌疾患、悪性腫瘍などはホルモン療法のリスクを増大する可能性がある。また、肥満、喫煙も同様である。しかし、ホルモン療法にともなう利点も多々あることから、その可否については、個々の例において、利益と不利益を熟慮したうえで総合的な評価をおこない、最終的に判断するべきである
[5] ホルモン療法に用いる薬剤の投与量は、第3段階の治療における精巣摘出術または卵巣摘出術の後は減量が可能である。しかし、骨粗しょう症などの可能性を考慮し、生涯にわたって継続するべきである。
2) FTMに対する乳房切除
 FTMの堤合、第1段階の治療を経てホルモン療法に移行する際、本人の希望があれば、乳房切除術を選択することができる。あるいはホルモン療法を行わず、乳房切除のみを行うこともできる。両者を同時にあるいは時を違えて行うこともできる。
(i) 乳房切除術に携わる者
[1] 乳房切除術に携わる者は、医療チームの一員であるか医療チームから依頼された形成外科医あるいは美容外科医であること。
[2] 性同一性障害および乳房切除術に関して、十分な理解と技術を持つこと。
(ii) 乳房切除術を施行するにあたって、次の項目を満たすこと
[1] 第2段階に移行するための条件〔上記4.−(1) −5) 〕を満たしていること。
[2] 十分な問診、身体診察と必要な検査を行い、乳房切除術を行うことが健康の維持に明らかな悪影響を及ぼすような疾患が否定されていること。たとえば麻酔薬に対するアレルギーや重度の肝障害等。
[3] 乳房切除の具体的術式や予想される結果、手術上のリスクについて改めて十分な説明を行い、理解していることを確認の上、文書で同意を得ること。
[4] 家族、パートナーにも必要に応じ、乳房切除の具体的術式や予想される結果、手術上のリスクについて十分なる説明を行うこと。
[5] 年齢は18歳以上であること。18歳以上の未成年については親権者の同意も必要とする(親権者が2名の場合は2名の同意)。
既に第1段階の治療を終了し、医療チームの検討を経てホルモン療法に移行している者が乳房切除を希望する場合には、改めて乳房切除に関する意見書を2人の意見書担当者〔上記4.−(1)−4) 〕から得て、医療チームにおいて検討し、手術適応であることを確認する。
3) 第2段階の精神科領域の治療
 第2段階の治療中、第1段階の治療に携わる者として定められた精神科医あるいは心理関係の専門家が継続的に面接をし、精神的サポートと新しい生活スタイルの確立に向けて援助する。
[1] 第1段階の治療において不十分であった点を更に検討し、ホルモン療法や乳房切除の結果、どのような変化があり、どのような問題が残っているかを明らかにする。ホルモン療法も乳房切除も行わない者に対しては同様の検討をするが、より一慎重な検討を要する。
[2] 問題になった点について、どのような解決方法があるかを詳細に検討し、よりよい適応の仕方を探る。第2段階の治療に移行するための条件として定めた事項上記〔4.−(1)−5)〕が揺らぎなく継続し、より安定的なものとなっていることを確かめる。
[3] 第2段階へ移行するにあたって、一旦職を辞したり、休学あるいは退学したりした場合には、新たな条件で社会適応できるように援助する(種々の助言・診断書・意見書作成等により状況改善を図るなど)。さらに新しい状況で良好な適応ができているかなどを観察していく。
[4] それでもジェンダー・アイデンティティと身体的性別の矛盾に対する苦悩が強い者に関しては、性器に関わる手術を希望するかを確かめ、希望する場合にはその適応であるか否かを検討する。
4) 第3段階への移行に関する検討
 第2段階の治療を経てなお、身体的性別に関する不快感や嫌悪感が持続し、かつ本人が性器に関する手術を希望する場合は、次の手続にしたがって医療チームが総合的な検討を行い、第3段階への移行が適切であると判断された場合に第3段階への移行を行う。
 なお、第3段階への移行を判断するための観察期間については、経過に個人差が大きく、特段の定めをおくことは適当でない。ただし、個々の治療者あるいは医療チームが移行に関する条件を満たしていると十分に評価できるまでの期間、観察を行うことが必要である。特に例外的なホルモン療法を行わないMTF、ホルモン療法も乳房切除も行わないFTMについては、慎重に検討すべき場合もある。
[1] 第2段階の精神科領域の治療を担当した治療者が、第2段階の治療に携わったホルモン療法担当医や乳房切除担当医から治療内容ならびにその経過の報告を文書で受け、第2段階の治療における身体的効果判定において、身体的変化への適応が良好であることを確認する。
[2] 第3段階への移行に関する2つの意見書
 第2段階の精神科領域の治療を担当した治療者を含む2名の意見書担当者が、以下に示す基準をもとに第2段階の治療の効果と第3段階への移行に関する可否を検討し、第3段階への移行に関する意見書を医療チームに対して提出する。この際、2人目の意見書担当者は1人目の意見と同様の意見であれば、その旨を示す内容でよい。医療チームは、2通の意見書をもとに総合的な検討を行い、第3段階への移行への可否を最終的に判断する。
5) 第3段階への移行に関する意見書作成に携わる者
 第1段階の治療に携わる精神科医あるいは心理関係の専門家が行う。第3段階への移行に関する1番目の意見書は、原則として第2段階の精神科領域の治療に関わった治療者(精神科医あるいは心理関係の専門家)が担当する。意見書を提出する2名の担当者のうち少なくとも1名は、精神科医でなければならない。
 また、2人の意見書担当者のうち1人は医療チームに属していることが望ましい。2人の意見書担当者のいずれも医療チームに属していない場合は、医療チームに属する精神科医が2通の意見書の内容を検討し、必要な場合には改めて診察を行い、診断ならびに第3段階への移行に関する意見書の内容を確認し医療チームの検討に供する。
6) 第3段階への移行を判定するにあたっての基準
 次の条件を満たすとき、次の段階への治療へと移行する。
[1] 移行を望む性別での生活が、少なくとも職業や就学状況以外のプライベートなレベルでは、本人が望むスタイルでほぼ完全に確立できており、後戻りしない状態が少なくとも1年以上続いていること。手術後も当面生活に必要な経済的安定が得られる見通しが立っていること。
[2] 職業や学業に関しては、本人の最も適応しやすい形で継続できていること。
[3] 手術に必要な期間、仕事や学校を休むことができるか、退職を考える場合には次の職に関して、具体的な見通しが立っていること。
[4] 家族やパートナー等のサポートシステムが安定的に得られていること。それが得られない場合、あるいはカムアウトしていない場合には、精神的にも経済的にも安定的に自立できていること。
[5] ホルモン療法、または乳房切除(FTMの場合)によって性別に関すること以外に精神的安定を得ていても、身体的性別に関する不快感や嫌悪感が強く持続し、社会適応上も不都合を感じており、第3段階の治療(性器に関わる手術)を強く望んでいること。
[6] 年齢は20歳以上であること。
(注) MTFに対する豊胸術に関しては、特段の定めを行わず、通常の美容外科と同等の救いをして本人の判断に委ねるが、ホルモン療法を開始してから2年程超過してから乳房が大きく目立ってきたという例もあり、その必要性または行うべき時期などについで慎重な判断を求める。
  
 (3) 第3段階の治療(性器に関わる手術と新しい生活スタイルの更なる継続)
 第3段階の治療における手術療法の範囲は、基本的には内外性器の手術に関わるものであり、
MTFの場合: 精巣摘出、陰茎切除と造膣術および外陰部形成術、
FTMの場合: 第1段階の手術として、卵巣摘出、子宮摘出、尿道延長、膣閉鎖、
第2段階の手術として陰茎形成術
などが考えられる。ただし、どのような範囲の手術をどのように行うかの選択は、それぞれがもたらし得る結果と限界やリスクについて十分な情報を提供する中で、本人の意思を尊重しながら検討すべきである。
1) 第3段階の治療における手術療法を行う者
[1] 第3段階の治療における手術療法を行う者は、医療チームに属する形成外科医・泌尿器科医・産婦人科医などか協力して行う。
[2] 第3段階の治療における手術療法に、十分な技量を有する者であることはもちろんであるが、同時に性同一性障害についての知識、特にその心性に対する十分な理解を持ち合わせていることが望まれる。
2) 第3段階の治療における手術療法に当たり次の手続きが必要である。
[1] 本人がどのような手術を望んでいて、それが適切であるかを医療チームにおいて明確にする。たとえば、MTFがとりあえず、精巣切除のみでしばらく経過を見て、どの時点で更なる手術を求めるか経過をみることもあり得る。
[2] 手術の範囲・方法・起こりうる問題点・随伴症状なとについて、十分な説明を行い、理解したことを確認の上、文書で同意を得ること。
[3] 家族、パートナーにも必要に応じ、具体的術式や予想される結果、手術上のリスクについて十分なる説明を行うこと。
[4] 医療チームは、個別例についてその都度、診断ならびに治療経過に関する資料・同意書などの関係書類を添え、倫理委員会あるいはそれに代わる組織に手術を行うことの倫理性の判断を求める。
[5] 倫理委員会は、当該患者のSRSが本人の人権が阻害されている状況を少しでも改善し、基本的人権を守ることにつながるか、本人の幸福の追求に利益になるかという観点から判断を行い、医学倫理の立場から審議する。さらに時間的な問題に配慮し、効率的に審議を行う組織を設け、申請のあった個別例については、この組織に判定を委ねるなどの工夫が望ましい。
[6] 倫理委員会あるいはそれに代わる組織は、医療チームの第3段階の治療における手術療法の適応判断に疑義があるときには、速やかに医療チームとの質疑応答と総合的判断に関する議論の場を持たなければならない。特に第3段階の治療における手術療法が本人のQOLの向上に利するか否かの観点から議論が行われなければならない。
3) 第3段階の治療における精神科領域の治療
 それまで、治療に関わってきた精神科医あるいは心理関係の専門家は、第3段階の治療における手術療法前後の状況的変化や予期しない事態に対する解決に関し、助言をしたり支持的に接するなど、長期に渡り必要に応じた精神的サポートを継続する。

5.ガイドラインの運用の奨励と対策
 初版ガイドラインと無関係に治療を受けている事例が目立つようになってきている。しかし、その背景と理由、考慮すべき点については「ガイドライン改訂の経緯」ですでに述べたとおりであり、初診時にすでにホルモンの投与を受けている者やFTMで乳房切除をしている者、または性器に関する手術の一部を受けている者、さらに初版ガイドラインの手続きから逸脱した治療を受けた者が、それらを理由として適切な治療の対象から除外されることがあってはならない。

 なお、これらの者に対する治療を行う上では、治療者は次の点に注意しながら治療を進める。
[1] 基本的は、本人がこれまでに受けた治療の手続きがガイドラインに沿ったものであるか否かではなく、それらの治療が本人の社会適応に利益となり、実際に苦悩の軽減やQOLの改善をもたらしているかに重点も置いてその効果を検討する。また、それらの治療について医療行為としての質が保たれているか否かを判断し、継続されている治療の方法について問題がある場合には改善を指導する。これらの結果に基づいて、本人の身体的適応や社会的適応の状態がガイドラインのどの段階に相当するか等を慎重に検討し判断する。
[2] 性同一性障害の診断の確定に必要な条件が満たされていない者については、 3.診断のガイドラインの手続きにしたがって診断を行う。たとえばホルモンの投与を受けているにも関わらず、身体的診察や検査によって身体的性別の判定がなされていない者については、極力早期に身体的診察等を受けるように精神科領域の治療を行う者が指導する。
[3] 初診時にすでに自己判断で医療機関におけるホルモン療法を行っている者に対しては、ホルモンの作用に関する正確な情報が得られるように配慮し、副作用などのチェックが専門医によって適切に行われるようにすべきである。その上で、第2段階への移行に関わる基準〔上記4−(1)−5〕に記述した心理的・社会的な適応条件を満たす場合には、第2段階のホルモン療法を行っているものとみなし、精神科領域の治療を行う者の責任において、これを継続させることができる。
[4] 初診時にすでに個人輸入などでホルモンの自己投与を行っている者に対しては、適切な医療機関への紹介などを通して医学的管理の元にホルモン療法を受けることを実現し、定期的に専門医の診察と副作用のチェックなどを受けさせるようにする。その上で、第2段階への移行に関する基準(1)−5に記述した心理的・社会的な適応条件を満たす場合には、第2段階のホルモン療法を行なっているものとみなし、精神科領域の治療を行う者の責任において、これを継続させることができる。他方、適切な医療機関での医学的管理に応じないものや適応条件を満たさないものについては、ホルモンの自己投与を中止するように勧告する。
[5] 第1段階または第2段階の治療継続中に、ホルモン投与や乳房切除、性器に関する手術の一部を自己判断で行った場合については、それらの背景と結果について、精神科領域の治療を行う者が慎重に検討する。その上で、ホルモン投与については上記[3]〜[4]と同様に扱う。乳房切除、性器に関する手術の一部については、本人の身体的適応や社会的適応の状態が、ガイドラインのどの段階に相当するか等を慎重に検討し判断する。
[6] 上記[3]〜[5]に該当するケースについて、ホルモン療法を継続すべきか否か、精神科領域の治療を行う者が判断に迷うような例については、医療チームにおいて検討を行う。
[7] 上記[3]〜[5]に該当するケースについては、第3段階での手術療法の適応を検討する際に、ホルモン療法が適切に行われてきたか、乳房切除や性器に関する手術の一部が適切であったか等を改めて検討し、治療の効果について解決すべき問題を残していれば、その点の解決がなされるまでは性器に関わる手術を保留する。


IV.おわりに

 初版ガイドラインから4年以上を経て、ここに性同一性障害の診断と治療に関する改訂第2版ガイドラインを示すことができた。われわれはこれでもまだまだ不備な点が多々あるものと認識している。また今後もガイドラインの解釈をめぐって疑義を生じたり、治療者間でも意見の食い違いが生じたりするようなことも当然あり得るであろう。
 今後このような事態に備えて、ガイドライン解釈に関する疑義を提示する窓口を、日本精神神経学会に設けたい考えである。ガイドラインについてのより具体的、詳細で多岐に渡る部分で個々には盛り込めなかったもの、あるいは例示することでより明確になると思われるものが数多くある。それを、何らかの解説書を作ることで補っていきたい。このような作業を繰り返していくことで、性同一性障害の治療が今より具体的に充実したものとなることを願ってやまない。
 さらに、ガイドラインの解釈で対応できないものは、部分的改訂を試みたり、施行細則を設けたりすることで対応していきたい。その上で必要があれば、さらなる改訂を厭うものではない。
 現在、性同一性障害の治療の拠点となるジェンダークリニックは、埼玉医科大学と岡山大学の2箇所にある。当事者達の交通の便や経済的負担、治療効率等考慮すると、今後、他にもジェンダークリニックの設置が望まれる。また個人の治療者がチームを結成して診断と治療にあたることも可能であるので、新たなジェンダークリニックの実現に向けて、働きかけていきたい。
最後に、当事者達の願いでもある戸籍の性別の問題に関して述べておきたい。医療に携わる者は、当事者の幸福の追求と基本的人権を守るために、医学的な立場から努力してきた。しかし、医学的に行いうることを実現するだけでは、性同一性障害を有する人たちの基本的人権は到底守りえない。法曹界や立法に携わる人々の中にも、性同一性障害を有する人たちの基本的人権を守る動きはある。われわれ医療者も積極的に協力し、同じ観点からの互いの関与をこれまで以上に深めていきたい。


日本精神神経学会「性同一性障害に関する第二次特別委員会」委員
委員長 中島豊爾* (岡山県立岡山病院・精神医学)
副委員長 深津 亮* (埼玉医科大学・精神医学)
委員 阿部輝夫* (あべメンタルクリニック・精神医学)
牛島定信 (慈恵会医科大学・精神医学)
佐藤俊樹* (岡山大学・精神医学)
塚田 攻* (埼玉社会保険病院・精神医学)
中根允文 (長崎大学・精神医学)
野田文隆 (大正大学・精神医学)
針間克己* (東京家庭裁判所・精神医学)
山内俊雄 (埼玉医科大学・精神医学)
コンサルタント委員
石原 理* (埼玉医科大学・産婦人科学)
東 優子* (ノートルダム清心女子大学・ジェンダー論)
野宮亜紀* (TSとTGを支える人々の会)
 
* 第2版検討執筆担当委員
 
平成14年3月16日 日本精神神経学会理事会で承認
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